|
|
 |
|
|
 |
|
|
|
スリランカ活動報告
【2005年1月→6月】
スタッフ 斉藤 由三
|
 |
|
|
●1月中旬〜3月中旬
[活動]
旧機織工場に仮設住宅建設工事。
[目的]
学校で避難生活している家族が31有り、授業が再開できないため、郡役所と協力して、旧機織工場を改造し、最低限のプライバシーを保ちながら生活出来る空間を建設した。
[内容]
仮設電気代・仮設水道料金は郡役所側(国)が負担し、建設をNICCOが担当。一家族に一部屋配分し、尚且つ海軍の担当官の滞在用に一部屋確保した。建設は業者が行ったが常時被災者にも参加してもらった。31家族の中には2つの民族、3つの宗教が混ざったので、建設中から共同生活を促し、委員会の形成を支援した。
[状況]
当初は近隣で小規模な仮設住宅が建てられていたが、政府の方針が全く決まらず、新築は勿論仮設住宅すらほとんど建てられなくなった。政府から旧機織工場の住民に対して半年後迄に新築を無償提供するという約束まで有ったが、度重なる計画の変更や計画倒れで6月末現在全く目処が立っていない。
様々なNGOが物資やお金を配り始め、過度な時は学校で一人数千円を配るNGOまで出て来た。
[結果]
毎日の喧嘩や自殺未遂等を乗り越え、民族と宗教の枠を超えて、一つの村が出来上がった。ひ弱ながら委員会も週一回以上自主的に開催されていた。男達が女房・娘の為に建築後の残材でシャワー室を作ったり、老若男女混同で自分達の被災家屋の残骸で排水設備を整備したり、3月には津波3ヶ月忌を前にして、全員で機織工場の塗装をしたり、4月には自分達だけで運動会を開催する等他の地域には真似の出来ないまとまりを見せてくれた。現在NICCOの住居提供と他NGOの過大な支援で全家族が被災前より裕福な生活を営んでいる。仮設住居自体は政府の衛生上のランクで建築前の最低ランクから4月初時点で最高ランクに格上げされた(衛生局より)。
●3月下旬〜6月下旬
[活動]
マダカティヤ地区における改修工事及び塗装工事。
[目的]
マダカティヤ地区に住む被災者にいち早く元の生活に戻ってもらい、全家屋を塗装する事により視覚的に津波から離れ、リフレッシュしてもらう。また、自分達で塗装する事により復旧に対するモチベーションを上げ、津波の事を思い出す余裕を与えないようにし、さらに彼らの自信につなげて今後の足がかりにする。
[内容]
改修工事:海岸から100m超の被災者住宅を対象に最低限生活出来る範囲で予算内で改修工事を行った。外部の台所が全壊している家屋が多く、台所新築がメインとなった。現地業者が施工し、若い男女が昼間居る家族はブロックや砂搬入を手伝い、居ない家族は業者に紅茶や食事を提供したりした。
塗装工事:100m超の全津波被災家屋にペンキを配布し、住民主体で一緒に家屋内外を全塗装した。綺麗に塗装したく自分達で職人等を探す家族も多数でた。ほぼ全家族が塗装前の壁面補修を自らの手で行った。
[状況]
海岸から100m以内の家屋に対して改修・新築すると海軍により取り壊しが行われるとの発表により100m以内の被災家屋の修築は実質的に不可能に。近隣県での大規模な新築計画も、未だその目処が立たない地域がほとんど。津波直後の状態の家屋が相変わらず多く、勿論改修など行われていない。隣町での国際NGOによる大規模宅地造成があったが、1件が完成した時点でアメリカからのサンクチュアリ保護団体による反対があり、計画が白紙に。
[結果]
改修工事:120軒超の家屋の部分改修を終え、自宅で調理・便・寝食できるようになった。
塗装工事:270軒強の被災家屋の中から塗装意欲のある約247軒の全塗装を終え、あまり個性無く、津波の被害生々しかった地域が色取り取りの気持ち良い地域に生まれ変わった。半数以上の家屋がNICCOスタッフの巡回を待てず、自らペンキを追加購入したり、欲が出て他の部分をリペアしたり、創意工夫した。住民達の生活意欲も格段に増え、雰囲気も住民曰く被災前より明るくなった。
総括:半年間で二つの現場、計約300家族と向き合いました。津波という前代未聞の災害にあったこの数千人全員の心は掴めませんでした。ただし、緊急支援をしながら否応無しに、NICCO(英語名ではNippon
International Cooperation for Community
Development)の名の通りコミュニティ開発(Community
Development)を行ったNGOは近隣では他にありません。その援助をマダカティヤの家族を始め、タンゴールの多くの人々がこの半年で肌で感じ、感じたままをわかり易いシンハラ語で最後の二週間に各々が語ってくれました。
以下に旧機織工場やマダカティヤの被災者から我々に、つまりNICCO及び寄付者の方々に涙をもって送られた言葉のいくつかを紹介します。
「あなたの判断が私の息子の命を助けてくれた。この事は一生忘れないだろう。」
「もっともっと勉強して日本に行き、今度は私が困った人達を助けたい。」
「渡してハイさようならでなく、塗装が終わるまで付き合うというNICCOのスタンスが無ければ、地域がこれほど綺麗に復旧する事は無かった。」
「物を貰う事だけでは津波を忘れる事は出来なかった。」
「(住民自身が塗装したのに)家を綺麗にし、津波を忘れさせてくれて有り難う。」
「お前達が俺たちを引っ張って一緒に塗装してくれなければ俺はお金を無駄に使いこのようなアクセサリーを買っていただろう。」
「お前達の後押しがあったからここまで来れた。もう津波が来ても怖くない。」
ジャヤティラカ(NICCO現地スタッフ)「恐らくこれほど個性が有り、生き生きとした家屋や住民の地域はスリランカには今無いと思います。」
タラカ(NICCO現地スタッフ)「家族共々携われた事に感謝しています。」
ラマナヤカ(NICCO現地スタッフ))「こんなに素晴らしい仕事に関われた事を誇りに思っている。」
ジャヤシンハ氏(首相府担当官)「様々なNGOと接して来たが、援助がスタンスの違いでこれほど変わる事が住民達を見ていて初めてわかった。」
2005年7月20日
|
|
【支援募金の受付】
郵便振替:01070-5-60791
社団法人 日本国際民間協力会(NICCO)
*通信欄に「スマトラ沖地震」とご記入をお願いします。
|
|
|
|
|
|
|