緊急災害支援


スマトラ島地震: 被災者支援報告 PART 3

医療チームをバイクで送り込む

10月6日のモバイルクリニック初日は、協力を受けているパダン・アライ診療所から徒歩で30分、歩いてドゥリアン・タンパという集落まで行き、診療を実施しました。医療チームの診療中に、翌日の候補地を村の人と見に行くことにしましたが、歩いたらなんと2時間近くかかるとのこと。

part3_1.jpgそこで、急遽バイクを3台借上げて、NICCOのインドネシア人スタッフのディンディと、村のコーディネーターの3人で、候補地の村へ向かいました。そこはスンガイ・クミニンという、谷底に位置している集落。バイクでぐんぐんと下って行くと、そこには水田が広がり、人々は転々と家を構えて暮らしているようでした。
水田の中の道は途中で土砂崩れが起きており、インドネシア警察の機動隊のバギーが立ち往々していたり、警察の部隊がスコップを持って行進していたり。その横をバイクに乗ったり、乗れない場所は降りて走ったりして、30分ほどで集落につきました。
こんな谷底まで来ている医療チームはなく、7日のモバイル実施場所に決定。当日は医師、保健師、看護師もバイクに乗ってもらい、谷底の村まで送り届けました。以後は車でアクセス不可のところはバイクで移動、バイクでも行けない場所はさらに歩くこととして、診療所まで来ることが出来ない集落を、2週間かけて巡回しました。

part3_2.jpg写真はスンガイ・クミニンの数日後に撮影したもので、比較的道路状況がよいところでの写真です。谷底へ下りるような日はこちらも余裕がなくて撮影はできなかったので・・・。

一番ハードな日は、崩れかけた道路を用心深く通り抜け、倒れた電柱や電線をくぐり、30分以上バイクで移動したため、ドクター・アイダもかなりお疲れだったようです。しかし、医療の届いていない村に行くという強い使命感は常に変わらず、バイクでの移動も当然の任務として捉えて、毎日走り回ってくださいました。

私も久しぶりにバイクで移動して、ベトナムで山岳少数民族コーホー族の支援をしていた頃を思い出しました。NICCOの活動するリマ・コタ・ティムール郡では、日本の自衛隊の医療部隊も診療活動を行っていましたが、自衛隊も行かないような山奥に、バイクで乗り込んで行って支援を届けるというのは、いかにもNGOらしいなと、風に吹かれながら久しぶりに充実感を感じた一瞬でした。


写真上: パダン・アライ診療所から移動開始
写真下: 亀裂の入った道路を通り抜けて

 

★その他のエピソードはこちらから
Part1: 出発と被害の状況
Part2: モバイルクリニック
・Part3: 医療チームをバイクで送り込む
Part4: 人々の強さと優しさ
Part5: 子ども達