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  パキスタン緊急支援活動日記

                                    【2006年3月27日(月
)〜4月2日(日)】
                                          報告者:藤丸 健太郎 

                      (4月2日現在パキスタンではスタッフ4名、看護師1名が活動しています。
)          
 
 
 

「サッカー大会から1週間 −帰還していく子どもたち、その後−」

  サッカー大会から1週間、約125世帯800人以上の人々が自分たちの村へと帰還を果たし、250世帯が入居していたジャパンキャンプは急激に閑散とした雰囲気になりました。帰還する人々は、テント、家具、衣料、食料など全ての荷物を車やバスに乗せて去っていくため、テント跡だけが残ります。ついこの間までそこにあったテントを思い浮かべながら、ずいぶん広々としたキャンプ内を歩いていると、住民の人々が無事冬を越せた嬉しさと、彼らが去ってしまった物寂しさが交じり合った不思議な気分になります。
 サッカーに参加した子どもも、大会翌々日の28日に8名、29日に7名、30日に6名、この1週間では大会参加31名中計23名が帰還しました。優勝したチームバハダールの子どもたちは、もうキャンプ内に一人も残っていません。



 28〜30日の3日間、主に昼までに帰還する子どもたちを朝から見送りに行きました。笑顔のこぼれる子、どこか寂しそうな子、家族荷造りをせっせと手伝う子、いろんな子に出会えました。でもどの子に「帰れて嬉しい?」と聞いても「うん。」とはっきり答えます。表情からいろいろ考えることがあるのは察せますが、それでも、そう言って子どもが帰っていくことはやはり純粋に嬉しいです。
 帰還セレモニーは、24日に盛大に行われましたが、その後は学校に通っていた子どもへの表彰状授与が行われる程度です。正直、この3日間涙、涙の別れになるかなぁとも思っていましたが、明るい表情で去っていく子どもの姿に心が安らぎました。女性同士の付き合いは、男性同士のそれとは少し異なるようで、去り際のバスの側で涙を流して別れを惜しんでいる姿が印象的でした。キャンプ内で毎日見かけた、水道場で談笑しながら家事を行っている女性たちの姿を思い浮かべると容易に納得することができます。

 サッカー大会からちょうど1週間後の4月2日、NICCOスタッフ森尾さん、別段さん、ドクターの佐藤先生と4人で帰還先の村の一つ、ホッタラリーへと向かいました。手元にある資料によると、サッカー参加者でこの村の出身者は11名。サッカー大会から1週間経過し、自分たちの村に戻ってどう感じているか、どう考えているかを子どもたちに聞きに行ってきました。
 地図上の直線距離は、キャンプジャパンに行くのと同じぐらいですが、その道のりの険しさは全く違います。キャンプへの道が川沿いの崖道をほぼ平行に進んでいくのに対し、今日は山道を上へ上へと登っていきます。きちんと舗装された道ばかりではありません。一歩間違えれば・・・そんな不安を抱きながら車はカシミール山中を進みます。


 不便な山奥のそれも急な斜面に家を建てて住む人々の暮らしに戸惑いながらも、カシミールの美しい景色に感動しっぱなしでした。高くそびえる山々、その間を流れる川、畑、集落。宮崎駿監督「風の谷のナウシカ」はパキスタンのフンザがモデルと言われていますが、まさにあの映画でみたような心安らぐ景色に囲まれています。
 途中で車が通れなくなり、そこからは徒歩でホッタラリー村を目指しました。20度ぐらいの涼しい気候ですが、日差しがきついです。しばらくすると崖が大きく崩れ、道がふさがれていました。下は100m以上の谷です。僕は断念しかけましたが、よく見ると人の通った跡が・・。そうです、ホッタラリー村の人々は、あの大きく重い荷物をかついでこの道を帰っていったのです。信じられませんでした。
 ようやく到着です。キャンプで話した青年、見かけたおじいちゃん、写真を撮った少女の中に、サッカー参加少年3人を見つけました。他の子は、一人は遠くの場所に遊びに行っていて、あとの7人はムザファラバード近くの他のキャンプに移っていたり、親戚の家に移っていたりして、この村にはまだ帰ってきていませんでした。
「キャンプにいて良かったことある?」
そう聞くと3人とも「サッカーをしたこと」と答えました。
サッカーを教えていた大人が聞いているからそう答えるのかも、と思いましたが、
「自分の村に帰ってきてどう?」と聞くと、
「遊ぶ場所がない」と2人の子が答えました。
険しい山々に囲まれたこの村で、サッカーをするような広いスペースを見つけるのは難しいと思います。



 雨が降るかもしれないということで、1時間ほど滞在した後、住民の方々、子どもたちに別れを告げてもと来た道を帰りました。交通の便は極めて悪く、「帰還」といっても自分から「孤立」しにいくようなものだ、とも思いました。しかしあの村にはそこでの暮らしを切望する人々がいます。“生活するための「豊かさ」とは何か”ということを強く考えさせられました。
 今日会った3人、またこれから帰ってくる子どもたちが、このままこの村で生活するのか、それとも村を出て生活するのかはわかりませんが、数年後、数十年後にぜひまた訪れて、たくましく成長した彼らと再会できる日を楽しみにしています。


 
 

 

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