ヒズボラ本部が置かれ、シーア派住民が多数居住していたベイルート南郊(Haret Harik in Adahia)の破壊現場です。報道によると、当地域への空爆は7月14に日に始まり、同19日には一日で23トンもの爆弾が投下されたとのこと。密集した高層アパートが、あるものは跡形もなく瓦礫となり、前後左右凄まじいばかりの破壊の跡です。イスラエル空軍の爆撃があったことを知らなければ、「いったい何が起こったんだ」と、ただただ驚くしかない現場です。仕事上イラクを訪れたこともある運転手が、「こんな破壊を見たのは初めてだ」と、溜息をつくように話していました。破壊されたビルの壁にあいた大きな穴から、若い女性がこちらを覗いていました。眼が合うと彼女は、こぼれるような笑顔とピースサインを送ってきました。あまりにも悲惨な現場に、あまりにも予想外の笑顔を受け、引きつった笑顔を返すことしかできない、小さくなった自分でした。
アイナタの民家に投下された誘導弾の一部と思われる部品。頭部にカメラを装備し、狙い通りの場所に爆弾を誘導するのでしょう。この家では、戦闘開始当初、家族全員ベイルートに避難しましたが、避難生活に馴染めないおじいさんが、どうしても自宅に帰りたがり、仕方なく戻ったところを攻撃され、残念ながらおじいさんは亡くなられたそうです。この部品には電子部品がたくさん使われ、「もしこの電子部品にMade
in Japanの文字があったらどうしよう」と不安に思いながら覗き込みましたが、USAの文字しかありませんでした。