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レバノン人道支援レポート

                                                              【2006年9月11日(月)〜10月2日(
)】
                                                                      ** 報告者:太刀川 良一 **
     
   (10月2日現在、レバノンでは日本人スタッフ2名が活動しています。

 
 
 


レバノン人道支援調査に向けた現地調査レポート2

 




 破壊されたベント・ジュベイル

 今回のイスラエル軍のレバノン侵攻での最大の激戦地の一つです。町の人によると、イスラエル軍は、普段通りの生活が行われている町の周辺に、突然現れたそうです。人々は慌てて町から避難しましたが、それでも町からの避難を望まない人々(非戦闘員)約千名が、シェルターに避難したそうです。幸い非戦闘員の死傷者はごく僅かだったそうです。新聞の報道によると、イスラエル軍は7月21日時点で国境から30キロ以内の住民に、避難を促すビラをまいたとしていますが、国連レバノン暫定軍(UNIFIL)の報道官は、19日にはイスラエルの侵攻は始まったとしており、今回のイスラエル軍の侵攻は、一般住民居住地域に対し、うまく警告が行き渡らないうちに突然実施されたと推測することもできます。イスラエル軍は町を破壊し、居住地、農地に膨大な量のクラスター弾をまき、この地を人々の住めない地域にしようとしたのかもしれません。しかし、人々は停戦とともに自分たちの故郷に帰り始め、レバノン政府関係者も驚くほどの速さで復旧が始まっています。一緒に現地を回ったパレスチナ人の運転手が言っていました。「彼らはパレスチナから学んでいる。一旦離れると二度と故郷に戻れなくなることを」。


 ヒズボラ本部が置かれ、シーア派住民が多数居住していたベイルート南郊(Haret Harik in Adahia)の破壊現場です。報道によると、当地域への空爆は7月14に日に始まり、同19日には一日で23トンもの爆弾が投下されたとのこと。密集した高層アパートが、あるものは跡形もなく瓦礫となり、前後左右凄まじいばかりの破壊の跡です。イスラエル空軍の爆撃があったことを知らなければ、「いったい何が起こったんだ」と、ただただ驚くしかない現場です。仕事上イラクを訪れたこともある運転手が、「こんな破壊を見たのは初めてだ」と、溜息をつくように話していました。破壊されたビルの壁にあいた大きな穴から、若い女性がこちらを覗いていました。眼が合うと彼女は、こぼれるような笑顔とピースサインを送ってきました。あまりにも悲惨な現場に、あまりにも予想外の笑顔を受け、引きつった笑顔を返すことしかできない、小さくなった自分でした。



 アイナタの民家に投下された誘導弾の一部と思われる部品。頭部にカメラを装備し、狙い通りの場所に爆弾を誘導するのでしょう。この家では、戦闘開始当初、家族全員ベイルートに避難しましたが、避難生活に馴染めないおじいさんが、どうしても自宅に帰りたがり、仕方なく戻ったところを攻撃され、残念ながらおじいさんは亡くなられたそうです。この部品には電子部品がたくさん使われ、「もしこの電子部品にMade in Japanの文字があったらどうしよう」と不安に思いながら覗き込みましたが、USAの文字しかありませんでした。
 
 
 

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