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イラン・アフガニスタン活動日記
インターン 萩原 宏子
【6.
「友人のことば」】
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私の帰国は25日。ここに滞在するのも、あと4日です。
この2ヶ月の間、色々な人に会い、アフガン人の友達もできました。
たぶん私は、ここが好きだと思います。
友人の一人が4日前、こう言いました。
「この国は監獄のようなものだよ」
この友人は用事でテヘランに行くことになっており、マシャッドへ戻るのは29日。
必然的に私がその友人と会うのはこの日が最後でした。
この友人とはしばしば暇があるごとに出かけたり、おしゃべりをしたりしていたのですが、その際の話題はもっぱらイスラーム。
他の多くの友人がアフガン難民の状況、イランで生きることの難しさなどと言ったことを語るのに対し、彼はイスラームのことを話すのが好きでした。
しかし最後に会った折り、私にこう聞きました。
「ここでの滞在楽しんだ?」
当然しんどいこともあったのですが、いい友達に恵まれ(あるいは日本以上に)いろんな人の話を聞く機会があり、私にとってはとても楽しい経験だったので、「もちろん。この仕事が好きだし、ここにいる人も好きだしね。」と答えました。
それに対し、彼はこう答えました。
「僕はここが好きじゃないんだよ」
彼は、テヘランに行きます。
一番最初の日報でも書きましたが、アフガン難民がイランで遠方の都市に移動する場合、許可証(permission letter)が要ります。
(京都から東京に行くために、わざわざ役所にお金を支払って許可証をもらうようなものです)
この業務を管轄しているのはイランのBAFIA(移民・難民・外国人のことを取り扱う)という役所なのですが、友人曰く、「彼らは国境近くの都市への移動には許可を出さない」とのこと。
イランのアフガン難民にとって、アフガニスタンに行くことはそれほど難しいことではないそうなのですが、イラン政府は彼らがアフガン以外の外国に移動することを好まないのだそうです。
さらにこのBAFIAという役所を訪れるのはほとんどがアフガン難民。
一方この役所のスタッフはIDカードの発行等の業務を担っている。
つまり、たとえ役所のスタッフがどんなに仕事をしなくても、どんなに横柄な態度でアフガン難民に向かっても、彼らは抵抗することすらできません。
(下手をすると、目の前でIDカードを破られる、と友人は言いました。IDカードが無いということは、不法滞在扱いになるということです。)
移動の自由が無く、不合理な対応にもただ耐える以外の方法が無い。
テヘランに行く彼は、まさについさっき、この役所に行って来たばかり。
そして彼は、この国を「監獄」と呼びました。
世の中には「目に見える暴力」と「目に見えない構造的な暴力」があります。
爆撃されるとか、大洪水に見舞われるとかではないですが、
構造的に貧困状態を作り出し、自由を奪う。
この手の話を普段しない(私が聞かなかっただけなのかもしれないですが)友人の口から、このような話を聞くのは正直意外で、少し驚きました。
「普段イスラームの話ばっかしてるから、今実は少しびっくりしているんだけど。」
私が言うと、「他の人からもうこの話は聞いていると思ったから、同じ話をしても仕方が無いと思って。あなたにとっては同じ話聞いても時間がもったいない。」と、彼は答えました。
さらに、「テヘランは、マシャッド以上に差別がひどい。今から行くのが少し憂鬱。」
この話をした友人のみならず、ここに住むアフガン難民の人たちのことを、私は前よりは知ることができるようになったと思います。
けれどもやはり、私は直接的に差別をされたり、不合理な扱いを受けたりしたわけではありません。
「完全に」彼らの感情を理解することは、たぶん無理だと思います。
そしてそれは、ある意味幸せなことなのだろうと思います。

マシャッドの町並み
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私の見ている「ここ」と、友人の見ている「ここ」。
たとえ同じ場所であっても、目に映るものは違うのかもしれません。
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