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イラン・アフガニスタン活動日記
インターン 萩原 宏子
【2.
イラン人とアフガン人、マジョリティとマイノリティ】 
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イランに来て早2週間。
相変わらず、チャドルを着るのに悪戦苦闘しています。
どうにもこうにもあの黒い布をまとうのは私には難しく、気がつくといつもずれ落ちてしまいます。
心優しいゴルシャール(NICCOの職業訓練校が位置する地区。多くのアフガン難民が住む)の女の子たちは、しばしば直してくれます。まるでお姉さんのよう。
ここ、ゴルシャールにおいて、「民族」、「○○人」というのは永遠の話題です。
28日火曜日のイマーム誕生日前祝に参加した後の帰り道、アフガン人の女の子たちとおしゃべりをしていました。
楽しく英語でのおしゃべりに花を咲かせていたところ、横から見知らぬ女の子が「あなた日本人?」と親しげに話しかけてきました。
少し戸惑いながらも笑顔で「そうだよ」と答えていると、アフガン人の女の子たちは、「彼女と話さなくていいのよ」という感じで私に目配せをして私の腕を引っ張っていきます。
しばらくその見知らぬ女の子は私についてきていたのですが、やがてどこかに行ってしまいました。
「どうして彼女と話さないの?」と聞いてみると、「彼女はイラン人なんだよ」と言います。
「イランの国や政府がアフガン難民にさまざまな圧力を与えているって言うのは聞いたけど、イランの人たちは別に悪い人ばかりというわけじゃないんじゃない?」
と聞いてみると、
「でも私たちアフガン人が道を歩いていると『アフガン人だ!』って指を指される・・・・・・。」
彼女たちの話したことを詳細にわたって全て覚えているわけではないのですが、「They beat us, Afghan People.(イラン人は私たちアフガン人を殴ったりする)」と話していました。
そして私に何度もこう聞きました。
「イラン人とアフガン人どっちが好き?」
私はここゴルシャールで多くのアフガン人の人に会っていて、彼らはとても親切です。
私は彼らが好きです。
しかし、イラン人にもいい人はたくさんいます。
NICCOのオフィス、スクールで働くスタッフは皆イラン人です(イラン人しか雇えないのですが)。
そして全てのスタッフを知っているわけではないのですが、そのイラン人スタッフたちにはいい人がたくさんいます。
ただ、だからといってイラン人に嫌悪感をいだくアフガンの女の子たちを責めることはできないと思います。
彼女たち自身が今まで生きてきた中で、イランの人たちから嫌なことを言われたりされたりしてきたといいます。
関東大震災のときに殺された在日朝鮮人の人が日本人を憎むことは必然だと思いますし、ホロコーストを体験したユダヤ人がドイツ人に複雑な感情を抱くのも当然でしょう。
占領下に生きるパレスチナの人々がイスラエル人を憎んだとしても、簡単に責めることはできません。
抑圧をする側のマジョリティは、される側のマイノリティより、自分たちがしていることに無関心です。
逆に、される側のマイノリティはする側のマジョリティ以上に、あらゆることに敏感です。
たとえ自分が差別用語を吐いたり誰かを殺したりしたわけではなくても、「無関心であること」そのものが罪になります。
アフガン人の女の子たちと話していて、ふとこのように感じました。
無関心でいることはある意味、楽なことですが、願わくば、イランでも日本でも、無関心であることに逃げないようにしたいと思います。

イラン事業派遣中の萩原−学校前。ボランティアと共に−
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多くの友人に、こう言われました。
「あなたはとても幸せな人だね。とてもよく笑う」
「そんな幸せそうな笑い方をする人、ここでは見ない」
もちろん彼らも笑います。笑顔を見せます。
けれども、「『幸せ』はいつもどこか遠くにある―」、
そんな感覚を持った人に多く会っているように思います。
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