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 イラン、アフガニスタン活動日記
  

 【2006年6月27日(火)〜7月3日(月)】
                                                                                     インターン 徳竹沙織

(7月3日現在アフガニスタンではヘラート市内の事務所を拠点に、スタッフの川口、インターンの徳竹の2名がイラン事務所兼任で活動しています。)


○6月27日(火)
 今日はマシャッド最後の日。午前中はタキ校の変更申請を訂正し、午後はジャバッドの現状確認に必要な項目を確認した。しかし、なかなか進まない。ジャバッドが2時からタイピングクラスの監督のため学校に行くというので、良い機会だと思い同行した。タイピングクラスについても授業体験レポートで紹介しようとおもう。(写真を縮小しなかったため送信に失敗したので、調整してもう一回トライしないと。)
 川口さんからへラート関連の引継ぎをうける。タキ校建設の構造や手順の詳細・・・とてもややこしい。基礎となる鉄筋部分の工程がちょうど実施されているため、正確にモニタリングをしなければならない。要点を写真に収める、これが私のタスク。
 夕方になり、滞在中とてもよくしてくれたハーバ、アメネ、ハーバの妹、前秘書のモチガンにお礼をしたくて、川口さんとご馳走を作る計画を立てていた。しかし、正直そんなことを果たしてやっている時間があるのか?!という状況だった。川口さんは私の気持ちを汲んで、やってもいいよと言ってくれたが、私もどうしてよいか分からなくなってしまた。私は、ええい、もういい、やめよう!とちょっと大人気なく投げやりになってしまった。でも、川口さんは暖かかった。結局、からあげ祭りは大成功に終わった。心から楽しんだ。もちろん、引継ぎは深夜おそくまでつづいた。川口さんを含め、みんなへの感謝の気持ちでいっぱいになった。

○6月28日(水)
 早朝6時、お気に入りの学校のガードマンと写真を撮る約束をしていたので、ちょっとこぎれいにして学校に行った。しかし!いなかった。彼の弟と思われる丸々と太った少年が変わりに私を迎えた。あれ?約束は勘違いか。気をとりなおして、ジャバッドと仲良くなった学校の先生に別れの挨拶をした。ジャバッドは私にお菓子を持ってきてくれた。いろいろあったけど、とてもいい人だった。一旦、事務所に戻りそこからタクシーに乗って出発。川口さんと、ひと時の別れ。ジャバッドもオフィスに来ていたので、タクシーで学校まで送った。そのとき、「the guard man wanted to take pic with you」(ガードマンが君と写真を撮りたいと言っているよ) え!!あれ!!ジャバッドがガードマンを呼んでくれた。私が言ったとき、彼は英語クラスを受けていたらしい。写真もとったし、だいぶ満足して出発した。出発前のちょっとした出来事。国境まで3時間、ずっと寝た。でも外の風景にどんどん緑がなくなっていくのを薄目で見たのを覚えている。国境では、おどろいた。イランの兵隊がとても凶暴だった。パスポートチェック待ちの人々を整列させるため、暴言を吐き、時には手をだした。私には何もしなかったが。その中でも、やさしい人が席を譲ってくれた。やっとイラン出国。反対側のイラン入国側では、とても鮮やかな、しかしとても汚れた民族衣装を着た大家族が、ずーっと待たされていた。ドライバーと対面、アフガン入国、へラート入りはとてもスムーズに行った。走行途中、道路の脇でドライバーのサイードとフェリッドがメロンを30個ほど購入した。市内はとても高い、ここのメロンは農家直売だ。と。
 そのメロンはとても暑く、甘かった。食べる量が半端なかった。一日一人2つは食べると。
 事務所に着き、スタッフと対面。オフィスはとても整然としていて、過ごしやすそうに見えた。すこしローカルスタッフのナセルとムスタファと話しをし、とにかくゆっくり休んだ。明日から、がんばろう。

○6月29日(木)
 午前、タキ校のモニタリングに行った。モニタリングといっても写真を撮っただけだが。
 事業をキャッチアップすべく、ナセルと少し話しをした。 

○6月30日(金)
 休日、でも7時に起きる。一日中数学の勉強と本を読み続けた。テラスのような場所はとても過ごしやすく、じっとしていてもなんだか楽しかった。アフガンはとても果物の種類が豊富。今の時期はとてもたくさんあるという。2,30年前は今の2倍の種類があったそうだ。夕方、八百屋でスモモのような果物を購入。イランに比べると少し高いが、おいしかった。ガードのバシルが夕食を作ってくれた。私が買った、ジャガイモとトマトだけを使ってとてもおいしいアフガン料理を作ってくれた。オイルたっぷり塩たっぷり。うまみたっぷりだった。よる、バシルとずっとおしゃべりをした。風がつよく、心地いい夜だった。

○7月1日(土)
 休日2日目。しかし、午前中にタキ校建設のエンジニアに2回目の支払いをした。その際、構造について質問を受けた。そこはちょうど、川口さんが念を押していたところだから、かろうじて説明ができた。お昼、ガードのモモがご飯を作ってくれた。言葉は分からなくても、雰囲気で会話ができる人だ。オクラとトマトを使ったアフガン料理。オクラよ、こんな食べ方もできたんだね、と感動した。とにかく、アフガン男性はみんな料理をするらしい。その後、本を読んでいたら、モモがおもむろにバトミントンのラケットを差し出してきた。優子さんとの思い出を話しているようだった。優子さんの与えた影響は彼らにとってとても強いのを感じた。夕方、ナセルが私を外に連れ出してくれた。事務所から徒歩15分くらいの大きいモスク、その近くのアンティークショップ、アイスクリーム屋さんなど。まず、お祈りの時間にモスクに行くのは初体験。神聖、なんだか神聖だった。私はアニミズムの節がたまにあるが、無宗教。でもなんだか神聖な気持ちになった。帰りに果物屋さんにいって、アフガンの果物の素晴らしさをナセルから聞いた。楕円系の馬鹿でかいメロンを私に買ってくれた。とても嬉しかった。
 
○7月2日(日)
 新しい週の始まり。午前中、識字教室に行く。先生が体調不良のため、授業を延期することを、生徒に知らせるため。しかし、生徒は中々集まらず、授業開始予定時刻を過ぎても2,3人しか来なかった。ムスタファもこれには不安を感じたらしく、先生に事実を確認することにしたみたいだ。初めてみる孤児院(NICCO学校は孤児院の敷地内にある)ぺちゃんこのサッカーボールの蹴りあいが印象的だった。
 午後、ナセルとネイスタン調査について話し合った。まず、調査項目をリストアップするための彼の意見。やはり大前提は、自然のコンディション。次に村のコミュニティーレベルを。ナセルの知り合いの農業専門家に評価してもらうことになった。ネイスタンは2004年から事業を開始し、そのつど必要な調査を行ってきたそうだが、へラートの事務所のデータは不足していた。どうやら、ナセルの意見では、日本人スタッフが調査した結果を日本に持ち帰るので、ここにはないのだ、と。とにかく、定量調査が不足しているという認識はナセルにもあるので、それをベースに質問事項を作成した。
 その後、再び学校に行った。午後のクラス。最後の20分だけ見学させてもらった。
 ちょうど、算数で足し算をしているところだった。ペルシャ語の数字を覚えていたので、私にもかろうじて理解できた。参加者は、子供を持った母親くらいの年齢の女性、その子供?、だった。文字を読もう、知識を入れよう、という気持ちが目に見えるように感じた。
 
○7月3日(月)
 ネイスタンについて、事業開始から今までの事象をまとめてみた。以前配布した苗木の現在も気になるところだ。治安の悪化により、2月以降ネイスタンにはいっていないそうだ。平和構築のための活動、でも自分たちの安全も守らないといけない、だから活動が滞る。とても、もどかしい気持ちになった。
 


 

   
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