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ジャワ島地震緊急人道支援 事業紹介

 2006年5月末から始まっているジャワ島地震緊急人道支援は、現在第4フェーズを迎えています。
復興支援として心理社会的ケアに取り組み、専門家の指導の下、被災者が演劇によって地震の体験を表現できるよう支援を行っています。それによって、自分達の体験が社会の役に立つという体験を持ってもらうことを目指します。
この演劇を通じたワークショップは現地で大きな反響を生んでおり、地元新聞数誌に大きく取り上げられています。

 
 
 

新聞記事紹介

○2007年2月24日
【Bernas Jogia新聞 掲載記事】



▲練習中の様子





【一部訳】2006年5月27日、マグニチュード5.9の大地震に襲われたマングーナン村。9ヶ月近くの歳月を経た今、村は地震をテーマにしたカトプラック公演に向かって団結している。(社)日本国際民間協力会(NICCO)の現地担当スタッフのハディ氏は、「芸術文化を通じて、村民の心の底に眠っていた潜在能力を、もっと伸ばしていきたい。」と語る。脚本はすべて村民が集まって書き上げたものだ。チームリーダーを努めるワキマン氏らによる力作「Suruting Pedut(フェイドアウト:幕引き)」には、地震で傷ついた人々の生き様が赤裸々に綴られている。多くの尊い命を失った後、瓦礫の中から立ち上がっていく若者たちの姿。そこにフィクションが入り込む余地はない。すべては、実際に起こったことなのだ。連日稽古を重ね、いよいよ本日午後8時、舞台の幕が上がる。
脚本家として名高いブンダン氏は、「マングーナン村の演劇集団は、実に幅広い年齢層で構成されている。幼稚園児から大学生、果ては村の長老にいたるまで一丸となって集まり、毎日稽古を続けている。長い間、ほとんど下火になってしまっていたカトプラックが、再び生命を宿したかのような盛り上がりようだ。」と語る。

心理社会的ケア事業は、NICCOとブンダン氏が率いるバントゥール県の芸術家NGO集団、DKB(Dewan Kesenian Bantul)との連携により、デリンゴ郡の6村で進められてきた。

▲(記事左)練習中の様子






【一部訳】
(左)被災して心に傷を負った村民を対象に、カトプラックを活かした心理社会的ワークショップを開催し、村民による演劇グループを構成、次々と公演を行っている。公共事業における資金不足と震災のため、すでに廃れきってしまっていたカトプラック。しかし、村民はカトプラックへの情熱を忘れきってしまっていたわけではなかった。彼らの情熱を再び揺り動かしたのは、NICCOと人気脚本家ブンダン氏が率いる芸術家NGO集団、DKB(Dewan Kesenian Bantul)だ。バントゥ−ル県デリンゴ郡教育局、スコラメ小学校学校委員会、バントゥール県観光局の協力により推進されている「カトプラック・ドラマツアー」は、今、地域復興の力強い旗印となっている。
ブンダン氏は、「デリンゴ郡だけでなく、バントゥール県全体を巻き込んだ一大プロジェクトは、地域社会全体に素晴らしい波及効果をもたらしている。」と語る。マングーナン村を皮切りとして始まったドラマツアーは、どんな盛り上がりをみせていくのだろうか。目指すゴールは、選抜された演劇チームが5月にタマンブダヤ劇場で行う震災一周年記念公演だ。

(右)
デリンゴ郡内の村ですでに廃れてしまいつつあったカトプラックに再びスポットライトをあてた試みは、数々の社会貢献事業を行ってきた有名脚本家ブンダン氏とNICCO心理社会的ケア担当久保田智之の指導の元、着実に進められている。長い眠りから目覚めたカトプラックは、今、地震から立ち直ろうとする村民たちの心の起爆剤となって、熱の入った稽古が連日繰り広げられている。マングーナン村の公演は、本日午後8時より開演予定。

○2007年3月7日
【Bernas Jogia新聞 掲載記事】

   
▲現地スタッフ久保田
【一部訳】
久保田智之の眼差しは、常に鋭い。我々が誇る伝統芸能、カトプラックの役者陣を見守る時、久保田の目は時に燃えているようにさえ見える。風前の灯火と化していたカトプラックとの運命的な出合いは、昨年秋にさかのぼる。たいていの者は、ただ傍観して通り過ぎて行くだけだったが、久保田は違った。
(社)日本国際民間協力会(NICCO)で、被災国の心理社会的ケア事業を手掛けてきた。日本でプロとしても、数々の舞台をこなしてきた。
日本人が手掛けた脚本では、地元民の心に響かない。偶然が偶然を呼び、脚本家のブンダン氏と知り合う機会に恵まれた。数々のTV脚本をこなし、震災後の社会貢献も自ら行うブンダン氏の協力によって、事業は一気に展開し始めた。
夜中まで稽古を続ける村民を、根気強く見守り続ける久保田。村人の心の底に眠っていた大きな情熱、希望、表現力…。久保田とブンダン氏が発掘し、揺り動かし、次々と新たな才能がデリンゴの村で開花していく。


 

【一部訳】久保田の一日のスケジュールは過密ぎみだ。昼間は小学校で実施中の心理社会的ケアワークショップに向かい、子どもたちの前で精一杯にプログラムを進めているファシリテーターを見守る。ワークショップ終了後はファシリテーターと綿密なミーティング。時に厳しく、反省点を指摘しながら、どうすればもっと良いプログラムを作れるか、常にファシリテーターに考えさせる。彼らに成長していってほしい、久保田の願いだ。夜は、村の稽古に山越えしながら向かい、夜中までじっくりと見守り、指示を出す。1日15時間以上の労働を支えるものは、ただ久保田の熱い情熱だ。
各村によって、特徴は様々。核となるテーマは、もちろん「地震」だが、そこには驚くほど多彩な表現方法がある。年齢層も幅広い。幼稚園児から大学生、村の長老に至るまで、老若男女が集会所に集まって、日々、稽古に汗を流す。「地震を題材にした作品に、村民は文字通り無心になって飛び込み、稽古を行っている。ブンダン氏を監修として迎え、事業に伴う外部折衝や運営はNICCOが行う。村民は思う存分、表現力を発揮しながら生き生きと上達している。」と久保田は語る。
「村民は脚本の台詞を通じて、連綿と続いてきたカトプラックの英知を学んでいる。あの地震から、ずっと引きずり続けてきた重い足枷から解き放たれて、自らの力で村を再興していくのだ。」と語るブンダン氏と久保田。彼らは、伝統芸能カトプラックを再び甦らせ、村民に希望を与えるために戦うデリンゴ郡の戦士のようだ。

▲公演の様子
【一部訳】事業担当の久保田智之は、「NICCOは、ジャパン・プラット・フォーム(JPF)と連携しながら、カトプラックを活かした心理社会的ケア事業を展開しています。各村ごとにドラマグループを形成して、稽古を重ねているんですが、村社会全体が、大きく盛り上がってきているのを感じますね。」と語る。演劇を通じて、村民たちは、地震で傷ついた心の傷にもう一度立ち向かい、そこからもう一歩前進していくようになる。「老若男女、幅広い年齢層で構成されたメンバーが、日々一緒に稽古しています。伝統文化として村民が誇りに思っているカトプラックに焦点をあてたことで、地震からの復興を自然な形で促すことができるようになってきていると思います。」と久保田は語る。
各村から選び抜かれた役者たちが集まり、選抜チームも形成された。久保田らが熱心に見守りながら指導していくうち、徐々にレベルアップして役者の表現力も磨かれてきた。選抜チームによる柿落とし公演は、3月半ば。郡内でドラマツアーを重ね、5月末にはジョグジャカルタ市内のタマンブダヤ劇場にて震災一周年記念公演を行う予定だ。

○2007年3月10日
【Suara Merdeka新聞 掲載記事】

昨年5月、ジャワ島を襲った大地震。家は崩れ、家族や友人を失った人々。傷ついた村民の心を癒すため、(社)日本国際民間協力会(NICCO)と著名脚本家ブンダン氏は、伝統芸能カトプラックを活かしたドラマツアーを手掛けている。バントゥール県デリンゴ郡の6つの村で、ドラマグループを形成し、「地震」をテーマにした村民のオリジナル脚本を元に稽古を重ね、郡内で公演を行っている。 「カトプラックに触れ、自分を力強く表現する機会を村民に与えることで、地震から再興する大きな足掛かりとしたい。」と語るのは、数々のテレビやカトプラックの脚本を手掛けるブンダン氏だ。
興味深いことに、同事業担当の久保田と現地統括の南は、共に日本での舞台出演経験があるという。久保田は、テムウ村にて村人と共演することになっており、被災地での公演における文化交流としても大きな話題を集めそうだ。


○2007年3月20日
【Suara Merdeka新聞 掲載記事】

 

 

【一部訳】2006年5月27日、 我々を襲った大地震で幾多の建物が崩壊しただろうか。しかし、どれだけ被害に遭おうとも、決して破壊されることのないものがある。地震から10カ月を経た今、バンバンリブロの大地で、ジャワ文化の大輪の花が、また開いた。
舞台中央が明るくなると、伝統的な文様を活かしたバティークを身にまとったデリンゴ郡の村人が次々と登場、しなやかに踊りながら、歌い始めた。地震によってさらなる経済的ダメージを受け、もはや枯れてしまったかのように見えていたジャワの伝統大衆芸能、カトプラック。日本から地震の被災者支援として心理社会的ケア事業を展開していた(社)日本国際民間協力会(NICCO) の久保田智之と、カトプラック脚本家としても名高いブンダン氏が出会ったことから、すべてが始まった。彼らは、伝統芸能カトプラックを用いた震災のトラウマを癒す活動を開始。デリンゴ郡の村人と話し合いを重ね、何もないところから舞台を作り上げてきた。
NICCOは、地震の被災者支援として、デリンゴ郡の民を支援し続けてきただけではない。日出づる国からやってきた久保田 智之は、カトプラック役者として、3月17日、ドラマツアー「Bantul Bangkit(バントゥールよ、立ち上がれ〜地震復興に向けて〜)<LINDU(地震)>」の舞台に立った。
「地震」という繊細で深刻な題材も、名脚本家ブンダン氏の手にかかれば、たちまち鮮やかな一大群像劇に変容する。はるばる日本からやってきた精悍な男、久保田智之は、次第にジャワ芸能カトプラックに心惹かれ、ついに舞台出演するまでに至った。村の子どもたちと共に、きらびやかな衣装を着て登場した久保田は、茶目っ気たっぷりの踊りを大舞台で披露、拍手喝采を浴びた。
脚本家ブンダン氏は、こう語る。「出演者は総勢76名。ガムランを演奏するのは、デリンゴ郡のテムウ村を中心とした小中学校の児童だ。舞台の要所、要所を占めている群舞は、子どもらが稽古に稽古を重ねて今日の舞台に持ってきたものだ。脚本を書き上げたのは私だが、ここまで熱気溢れる舞台を作り上げてきたのは、すべて村人たちだ」。
心理社会的ケア事業担当の久保田と、現地統括者の南 詠子は、「地震の被災者に対して、このような文化交流を通じて支援できることを、本当に嬉しく思っています。今やデリンゴ郡の村人たちは、伝統芸能カトプラックを次世代に伝えていくことのできる芸術家集団と言っても過言ではないと思います」と語る。
<復興を目指して>
言葉の通じないデリンゴ郡の奥へ飛び込み、村人との信頼関係を一歩、一歩築き上げてきたNICCOの久保田智之。「大衆芸能カトプラックには、人生の様々な哲学のエッセンスが織り込まれています。僕は、稽古に汗流して良いものを作っていこうとする村人らの芸術グループを心から大切に思っています。地震の被災者が、同じ被害にあった村人のために公演を行うという世界でもまれな、スピリットを持った事業に携わることができたことをとても誇りに思っています」と晴れやかに語った。

○2007年3月22日
【Bernas Jogia新聞掲載記事】

【一部訳】
バンバンリブロのムリョダディ村で開幕した舞台の表題は、「LINDU(ジャワ語で地震の意味)」。脚本・演出を手掛けたのは、ジャワの演劇界でも名高いブンダン・ヌサンターラ氏だ。出演者は、小中学生から村の主導者にいたるまで実に幅広い年齢層で構成、さらに有名コメディアンのユ・ブリックと、パイディ・ウーポがゲストとして特別出演、舞台に花を添えた。
NICCOのプロデューサー、久保田 智之は、デリンゴ郡の村人に対して心理社会的ケア事業を進めるうち、ついには村人と共に舞台出演する運びとなった。日本語の歌のメロディが流れ、桜咲く国からやってきた男が舞台に登場すると、客席からは一斉に拍手喝采が沸き起こった。久保田の茶目っ気たっぷりの演技に、観客は爆笑、会場は一気に盛り上がりを見せた。
当日はあいにくの天候、時に激しく打ち付けてくる雨をものともせず、1000人以上の観客が公演にはるばる駆けつけ、テント内で身を寄せ合いながら舞台に見入る者、雨ガッパを着てバイクにまたがったまま観劇する者、傘をさしてじっと立ち見を続ける者など、皆、会場を去ろうともせず、2時間半以上に及ぶ舞台にじっと見入り続けた。
熱気に包まれた舞台が降りると、 NICCOの久保田と村長のリードの下、昨年の大地震について再考するための「振り返りのワークショップ」の時間がもたれた。久保田は、「日本は地震で今までに幾度も被災してきています。地震復興時に日本という地震大国が学んできたことを、別の国でも活かしたいと願って心理社会的ケアを行ってきました。地震で失ったのは、尊い人命、住む家、心の平安。そして残ったのは、心の大きな傷跡(トラウマ)。でも、この困難な状況にしっかりと立ち向かっていかなければならない」と、熱く語った。
脚本家のブンダン氏はこう語る。「地震被災者支援事業として、家屋やロジスティック整備は既に行われてきたが、ここで新たにカトプラック・ドラマツアーという心理社会的ケアプログラムが村人に与えられた」。
あの大地震以降、心理社会的ケア事業を当初から手掛けてきた久保田。「バントゥ−ル県の人々は、必ずや地震の傷跡から立ち直ることができる。そのために支援を行うのだ」と心に誓って活動してきた久保田は、きっとまた別の場所で、地震被災者支援として心理社会的ケアを行うだろう。今回は、ジャワの伝統芸能カトプラックが、地震被災者と支援者をつなぐ絶妙のコミュニケーションツールとなったといえる。

○2007年3月25日
【Kedaulatan Rakyat新聞掲載記事】

【一部訳】 
出演者は、デリンゴ郡の6村(テムウ村、デリンゴ村、テロン村、ジャティムリョ村、ムントック村、マングーナン村)の人々の中から選抜されたメンバーで構成されており、年齢層も小中学生から村の主導者にいたるまで実に幅広い。
NICCOの現地統括者である南 詠子は、「村人はブンダン氏の指導の下、毎週2回以上、集まっては熱心な稽古を続けてきている。地震後の村人の心意気を盛り上げるための手段として、カトプラックを活かしたドラマツアーを展開することになった。稽古を通じて、村人の心に自信と力を与え、舞台で演じる喜びと充実感を感じてもらいながら、発展的な地震復興を目指している」と語る。
同事業のプロデューサー、久保田 智之は、「日本は地震大国として知られており、かなりの頻度で地震が起こっている。地震は、村人の生活に大きなダメージを与え、心に傷跡を残した。非常に困難な状況ではあるが、勇気を持って立ち向かい、芸術活動を通じて自由な力強い精神を獲得してほしい」と語った。「すでに村人は稽古の過程を通じて、確実に精神力を高めている。さらに、観客の前で自分を表現するという喜びを、カトプラック・ドラマツアーを通じて感じている」という。
現地スタッフのワワン氏によると、「次回のカトプラック・ドラマツアーの予定としては、デリンゴ村の民衆による公演を3月31日と4月1日に控えている。さらに選抜チームによる公演を、サンデン(5月5日)、タマンブダヤ劇場(5月11日)、さらに最終公演をデリンゴ郡の村で行う予定だ」という。


○2007年3月31日
【ジャワ語専門雑誌「Djaka Lodang(ジョコ・ロダン)」掲載記事】

【概訳】
(社)日本国際民間協力会(NICCO) の心理社会的ケア事業担当者、久保田智之(25歳)は、カトプラック脚本家ブンダン氏、現地統括者の南 詠子と共に、カトプラック・ドラマツアー“Bantul Bangkit”(バントゥールよ、立ち上がれ!)を展開している。久保田とブンダン氏は、カトプラックを活かした脚本を考案したが、その後、デリンゴ郡の村の子どもたちに出会い、その溢れる才能に感服し、子どもを多用した脚本内容へと書き直した。
久保田、通称Pak.Tomoは、小学校と村民に対する心理社会的ケア事業を一手に担っている。日本では舞台照明や出演等の豊富な経験も有しており、カトプラック・ドラマツアーを通じた地震の傷心(トラウマ)のケアプログラムを積極的に推進している。
Pak.Tomoは、「カトプラックを演じることで、心が痛手から解き放たれ、再び大きな歓喜が甦ってくる。2006年5月の大地震で負った大きな地震の痛手から立ち直り、カトプラックを通じて豊穣な文化をデリンゴ郡の小中学生や村民らに感じてほしい。」と語った。

 

 

社団法人日本国際民間協力会(NICCO)京都本部
TEL: 075-241-0681 FAX: 075-241-0682 E-mail: info@kyoto-nicco.org

●ジャワ島地震緊急人道支援募金の受付
1. 郵便振込:01070-5-60791 (通信欄に「ジャワ島地震募金」と記入)
  口座名:社団法人 日本国際民間協力会(NICCO)

2. クレジットカードやジャパンネット銀行の口座からの募金:
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